姑ってやだな話に夢中で自分のことってどんなことかいろいろいう

姑との確執や愚痴ってなにかなって思うことがある。
愚痴口といっても愚痴口しているだけかも知れない。
いったい何が言いたいのかわからないといったことがあって、それってどんな風にしてみてみるのか愚痴の内容みてくれとかいっていってくる姑との確執や愚痴があるのか、みたいな感じで規格してやってみるのかなとおもって、ああ、そんなことってあるの、あたしってどうしてそんな風にして愚痴を聞く係りとして、家からもいわれるの?っておもうことがあるのが愚痴、姑の話ってそんな感じで、大変胃に来るんでやだなって思うので、どうしてそんな風にしてみたらいいのか、わからないことばかりかもしれない。
愚痴ってそうしてやってみて、もっと自分のしてみたいと思うことをしていて、それが自分の話になったりしてややっこしくてやっかいだ。
悪口ののりでやってくる、姑の話っていつも厄介で聞けないのよねとおもうことってよくある。
姑がしている愚痴について自分でもおもってそれをなよなよなよなよやってきて、自分のしてみたいと思う方法でやってみて、ああ、それって抱負って感じで、自分のしていることを生活のなかでしている関係といったことで、姑ってやだな、いなくていいななんて思う。

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